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天井席から見たあなた。

A.B.C-Zっていいね。

忘れなくていい。

忘れなくていい。

 

無理に忘れなくていい。

 

後悔ないように生きていけたら。

 

楽しく生きられたら。

 

いろんなものを見て、感じて、食べて、幸せを感じられたら。

 

1秒1秒を大切に生きられたら。

 

それでいいのだと思う。

 

たった一瞬で私の思い出も、私のふるさとも消えたけれど。

もう一度やり直していくよ。

 

苦しみ、不自由、非日常

そんなことを抱えた方々が

少しでも、喜び、自由に、そして安心して日常を生きられますよう。

 

1人じゃ何も変わらないなんてことはないから、たったの気持ちでいいから何かをやってみること。

力を合わせてみること。

 

学んだことはたくさんあるでしょう?

 

それを無駄にしないために、

しっかりと。

力強く。

時にはしょぼくれたり泣いてもいい。

だけど心の芯だけはどうか折らずに。

毎日生きていこう。

 

偉そうに聞こえるこの言葉。

こんな言葉を言う経験も資格も生きてきた時間も、私には足りない。

それでも私は伝えたい。

 

大丈夫だよ。

いつだってここにいるよ。

辛いときは辛いことを半分にして、嬉しいときは2倍にして、ともに生きていこう。

 

 

希望だけはいつだって胸に。

 

マルティン・ルターの言葉。

「明日地球が滅ぶとしても、私はリンゴの木を植えよう。」

 

大丈夫。

 

また新しく、つくっていこう。

 

私はまずふるさとに帰ることができるよう、歩く練習から。

小さいことでも積み重ねれば大きな成果を生む。

 

たくさんの人の

幸せ、喜び、笑顔、安心できる日常

を願います。

力をありがとう。

A.B.C-Zのみなさん、デビュー5周年おめでとうございます。

 

5年という年月は、たった5年かもしれないけれど、されど5年。

迷いつつ、戦いつつ、苦しむこともありながら5人で歩んできた5年だったのだろうなと思います。

 

以下、病気の記述がありますので閲覧には十分ご注意くださいますよう、お願いいたします。

 

私は一昨年くらいからA.B.C-Zのファンになり、様々な場面でA.B.C-Zに力をもらいました。

緊張するとき、やる気が出ないとき、辛いとき。

1番力をもらったのは、高校の卒業間近の時期でしょうか。持病が悪化して歩くこともままならず、車いすに乗って生活していたものの、起き上がっていることすら難しかったあの時期。録画した番組を見ていたら、A.B.C-Zが力強くアクロバットダンスをしていました。

悪化する前は文化祭で踊ったり、体育で台宙前転をしたり、ダンスもアクロバットも大好きでした。

でもそれができなくて、悔しくて。

落ち込みながら観たA.B.C-Zは、なんだか輝いて見えました。

笑顔で立ち姿も美しい。

私もあんな風になりたい。

きっかけはそんなことでした。

思い立った日から卒業式までは2週間ほどしかありません。

それでも、A.B.C-Zみたいに美しく立ちたい。立って、自分で歩いて証書をもらいたい。そう思いました。

そこから猛練習しました。

卒業式当日は不安しかなかったけれど、A.B.C-Zの曲をとにかく聴いて力をもらいました。

本番。車いすから立ち、演台まで歩いて進み、証書を受け取りました。

足は震えていて、息をするのもやっとで、踏み出すたびに崩れ落ちそうでした。きっと卒業生のなかで一番時間がかかった授与だったと思います。

私を担当してくれていた先生方や家族全員が、ここまでよくがんばったね、できないと思ってたと泣いていました。

奇跡に近いものをA.B.C-Zはさせてくれたんです。

 

夏。1人で歩くのにはまだ不安がありました。しかし。

ハシツアの振り込み行かなきゃ!

気付いたときには、駅まで走っていました。

…あれ。歩けるじゃないの。

そしてハシツア。立っていられないだろうと思っていたのに、本人を見たら余裕で立っていられました。

SLTコンサートのグッズ販売もそうでした。

売り切れる前に早く行かなきゃ!と思った結果、2時間近くも炎天下の中立っていられました。

でも調子に乗りすぎたのか、夏の終わり頃から持病が悪化。

意識朦朧のなか過ごしたりもしました。

その朦朧とした意識を取り戻してくれたのは、A.B.C-Zでした。

母親が間違えて私の枕元にあるウォークマンの再生ボタンを押してしまい、A.B.C-Zの曲が流れたんです。

ぼやけた意識の中、あ、A.B.C-Zだ、花言葉聞きたい、そう思って目が開き、手が動きました。

そこから回復はしたものの、今も病状は悪い方ですし、なすすべがない状態です。新しい病気の疑いもあります。

それでもA.B.C-ZのCDを聴くために目を覚まし、DVDを観るために体を起こし、杖をつきつつ雑誌を買いに行っています。

こうやって振り返ると、私はどうやらA.B.C-Zがいると生きていけるみたいです。

 

A.B.C-Zは生きる希望。

本当にありがとう。おめでとう。

ジャニオタ自己紹介バトンやってみた。

2016年も終わりか〜〜はやい〜〜

そんなことを思いつつ、Twitterのいいね欄を見返してたわけです。

そしたらはい、見つけたー!

やろうと思っててどこやったっけ?な、ジャニオタ自己紹介バトン。

今年中にやり残したことやっちゃおう。

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じゃにーずおたく自己紹介ばとん

【名前】

Erika

【今の担当は?(複数可)(推しでもどうぞ!)】
名前:五関晃一、浜中文一
好きなところ:芯のぶれなさ。その人単体でその人が成り立つこと。(五関様は五関様だし、文ちゃんは文ちゃん。)
担当になったきっかけ:テレビ見てたら吸い寄せられた。

【いつからジャニヲタ?(きっかけも是非)】

多分2歳くらい?きっかけはKinKi Kidsさんをテレビで見て一目惚れしたこと。

【担当遍歴】

KinKi Kids 堂本光一くん→KAT-TUN 亀梨和也くん→嵐 二宮和也くん→V6 坂本昌行くん、三宅健くん→Hey!Say!JUMP 八乙女光くん→A.B.C-Z 五関晃一くん、関西ジャニーズJr. 浜中文一くん

【好きなシンメorコンビ(への思いも是非)】

選びきれないけれど戸塚田。塚ちゃん→とっつーの強引さがたまらない。どんどんやってください。

【1番心に残ってる現場】

2016.4.13 ジャニーズ野球大会

【初めて行った現場】

2016.4.13 ジャニーズ野球大会

【最近行った現場】

2016.10.12 ABC座2016

【次行く現場】

未定!

【記憶に残ってるファンサ】

ハシツアーズで塚ちゃんにピースサインをもらったこと。

【好きな曲TOP3(理由もあればどうぞ!)】

1位 Legend Story 

曲調が好き。歌詞見なくても聴くだけで涙出る。叶えたいことがあって、叶わなくて腐りそうになったときに支えてくれた大切な曲。落ち込むとこれを聴いてリセット。ちなみにバラードバージョンの方が好き。ふみちゃんも言ってたけど、サビのところがGraduation(平家派)ぽいのも理由のひとつ。落ち着くー。

2位 花言葉

前奏が素晴らしい。これねえ…、ダンスと2番の歌詞が好き。「何を失い〜〜最高の日々受け取っています」ここですよ!ワタシ、A.B.C-Zに、ココ伝えたいネ!!歌詞そのまま!

3位 気にせずGo my way 

( ◜◡◝ )こんな顔になる。とりあえず元気でるから選びました。題名も好きな理由。音源ほしい。

【好きな振り付けTOP3(好きポイントも…!)】

1位 花言葉

「急に笑ったり〜」の可愛さ。しかし緩急がついていて魅せられる。真似しやすいのも好きポイント。

2位 STAR SEEKER

しなやか。1番初めの振りが手だけだから顔がよく見えるのがいい。

3位 SPACE TRAVELERS

ロケット作る→飛んでいく、の振り付けにワクワクする。お家でも簡単にコンサート気分を味わえるのも好きポイント。

【自分がJrになれたらバックにつきたい曲(複数可)】

S L Boy(河合郁人)

フラワー(KinKi Kids)

【1番好きなペンライト】

ん〜〜、実はペンライトそんなに重要視してないからわからない。デザイン的に好きなのはメリケンサック。会場の映像見て綺麗だな〜と思うのはバルーン。光のお花が咲いてるみたいで。

【1番好きな衣装】

デスペラードのPV衣装。あの色味いい。

【よく買う雑誌】

MYOJO,WiNK UP,duet,QRAP!,ステスク

【この映像は見て欲しい!というオススメ】

花言葉の通常盤に入っているABC座2015ショータイム。いやはやおったまげ〜〜。

【ジャニヲタになる前の趣味は?】

妖怪に関しての資料収集とクラシックを聴きにいくこと。小学生時代はアルセーヌ•ルパンシリーズの収集。

【最近気になっている子】

岸くーん!安井くーん!文ちゃーん!

【最後に一言!】

これ書いてていつぞや流行ったア○ブロ思い出しました。やってたなあ。

ゆづきさん、面識はありませんがこんな素敵なバトンを作ってくださりありがとうございました!

雪の降る日に。

君はみぞれ混じりの雪の降る、寒い寒い日にうちに来ましたね。

ペットショップで厳しい躾を受けていたせいで、少し人に怯えていました。

それが私には悲しく思えて、せっかく私と家族になったんだから仲良くなりたいと思って一日中一緒にいました。

私の洋服を寝るところに敷いたら、その上で気持ちよさそうに寝てましたね。私も一緒に寝たら、その日から君は怯えることがなくなりました。嬉しかったな。

でも畳をガリガリにしたことはまだ許してません。父親に隠すのがどれほど大変だったことか。

結局バレて怒られたけど(私が!)

大きくなって外犬になっても、ずっと一緒にいましたね。

春は公園へ桜を見に走りに行って、夏は水で遊んだり氷水を作ったり。秋は学校へよく迎えに来てくれた。冬の雪が積もった日には外で大はしゃぎして、全身びしょ濡れで家の中に入って怒られた。

父親と散歩に行けば首輪から首を抜いて何処かへ行ってしまうし(この事件から父親は散歩禁止になった)。

今の地区へ引っ越して、歳をとったはずなのにもっと元気になっていった君。

テンションが上がるとやる、体勢を低くしてチャッチャッ!って踊るのが可愛くてつい私も一緒にやってたなあ。

その頃から私は学校が苦手になって、人も苦手になった。

キツイ言葉、ふざける声、元気が良ければいいというルール。どうしても馴染めなかった。

でも君だけは苦手にならなかった。

中学校を休んでは、土を掘ったり水をかけたり遠くまで散策して遊んだ。

裏山でタケノコだって掘った。

友達なんていなくたって平気だった。

いじめられても平気だった。

だって、君がいたから。

学校へ行く日にグズグズしているとリードを持って来て、さあ行けとばかりに通学路の途中まで引っ張っていかれた。あの後どうやって君が帰ったのか不思議に思っていたけど、どうやら後ろに家族が付いて来ていたらしいね。かしこい。

帰ってくれば必ず君が待っていて、ただいまのチューならぬただいまのレロレロをされた。忠犬だね。

大雪の日に外に出て2人して雪まみれになってまたもや怒られたこともあった。

雪の掛け合いが楽しすぎた。

中学校をなんとか卒業した日、ただいま!と帰ったら特別な日だとわかったのか抱きついてきたね。

おかげで制服が土だらけに。肉球印の制服は私しか持ってないと思うぞ。

私が高校生になるとだんだん衰えていった君。

リビングに入れて、いつも一緒にいた。

目も耳も遠くなっていたけれど、鼻だけはよくきくとわかっていたから私の洋服をまた敷いた。

丸めてすやすや眠る姿が可愛くて、遅刻寸前まで見つめていた。

暖かい日は一畳のスペースに並んで日向ぼっこしたね。

高校を転校して、ようやく卒業できた今年。

12月。

また、雪が降った。

2人とも遊ぶ元気なんてなかった。

君はもう起き上がれなくなっていた。

私は寒さと季節のせいで関節が固まって、歩くのもしんどかった。

けれど同じ雪を見ていたことは確かだ。

その日から数週間後に君は家族にちゃんと挨拶をして飛んで行った。

雪の降る日に来て、雪が溶けるころに去って行った君。

君の名は、ユキでした。

いろんな感情を教えてくれてありがとう。外に出る楽しさを教えてくれてありがとう。大切な家族を失う悲しみを自ら教えてくれてありがとう。

 

悲しみは絶えないけれど、前を向いてまた歩いていこうと思います。バイバイ

 

 

周りを見れば

友達からかけられていた呪いがやっと解けた気がした。

母校の文化祭に行き、楽しかったものの自分の生き方を自分に問うてしまい帰り道で自問自答した。
気分は暗いまま夕飯時まで過ごし、そのあと友達と電話をした。
頭が痛いので内容は省略するが、とにかく泣きじゃくっていたことは覚えている。

私が悪いから無視されるんだ
でも悪いことなんてした覚えないよ
それでもきっと私が悪いんだ
私は○○したいけど△ちゃんはダメだっていうからできない

そんなことを言っていると突然いいことを友達が言い出した。

「自分の人生でしょ?自分の生き方を人に決められるの?自分の生きたいように生きればいいじゃん。」 
「自分を悪者にしすぎることはないよ。」

あーらま。胸に刺さった。
確かに、友達の意見は参考にするくらいでよかったのかもしれない。
友達がこう言うからわたしはこうする。
ある種のコントロール
それから解き放ってくれたのも、また別の「友達」であった。

それから、つらいと連絡するといの一番に返事が来る親友。
今回は言葉に救われた。
「落ち着いたらでいいよ。」
「言いたくなかったらそれでいい。」
惚れてまうやろー!

大好きな人たちに支えられて囲まれて、私は生きているんだなあとふと思った日。

忘却と記憶の狭間。

今回書く記事の中には「死」に関連することが記述されています。
苦手な方は閲覧を控えていただきますようお願い申し上げます。
では。

誰にでも、忘れてしまいたいことはあると思います。
例を挙げるとするならば「黒歴史」と呼ばれる類のものでしょうか。
しかしその逆。忘れたくないこともあると思うのです。
友や故人との思い出、綺麗な景色。

人間は、忘れていく生き物です。
どんな楽しい出来事も悲しい出来事も時間が過ぎていくにつれ、自然と思考を占める割合は少なくなっていきます。
その中で私は今一つの葛藤と闘っています。
それは「故人の遺言」についてです。
私は高校1年生のとき、大切な人を亡くしました。
その故人は生前「ドラムかっこいいからずっと続けてね」と言っていました。
亡くなってすぐはその人のことが頭から離れずに忘れることもありませんでした。
でも月日が経ってみるとどうでしょう?
なんと、日々の中で思い出すことは少なくなっていたのです。
人は忘れる生き物ですから。
「大好きなあの人のことを、私は忘れたくない!」
そう思った私は生前彼女が言った通り、ドラムを続けました。
ドラムを見れば、彼女を思い出せる。
叩いていれば、続けていれば、彼女を忘れることはないんだ。
そう思っていました。
確かにそれは正解でした。
ドラムを見るだけで彼女を思い出して、忘れたはずの小さな会話も再現することができました。
「ドラムが楽しくない」
そう思い始めたのはその頃でした。
私は誰のためにドラム続けているのだろう?
今、なんのためにドラム叩いてた?
彼女を忘れたくないがためにドラムを続けている自分に気づきました。
忘れたくないがために、呪縛のように遺言で自分で自分を縛りつけていました。
お前はドラムを続けるんだ、忘れないために、と。

忘れるのが怖い。
そりゃあ誰だってそうです。
でも、君の気持ちは?
自分に聞いたならきっとこう答えることでしょう。
「ドラムを見るたびに思い出せるから最初は嬉しかった」
「けれど、自分のためにやっているドラムが忘れないための道具になっている」
「今はドラムを見ることが苦しい」

『忘れたくはないけれど、縛りつけられたくはない!!』

そうです。それでいいんです。
人は忘れる生き物です。
でも、完全に忘れることってないんだそうです。(医者談)
匂い、色、音、物、景色、何かしらのものからフラッシュバックして思い出せるそうです。
忘れたとしてもそれは0に戻ることではない。
記憶として脳の奥にきちんとしまわれている。
それならもう、無理をしないで自分の好きなことと向き合おう。
そう私は思いました。

決してその人のことを忘れるわけじゃありません。
自分が自分らしく生きるために、その思い出と決別するんです。
故人にとっての1番の供養は、残されたものが笑っていることだとどこかで聞きました。
それなら私は今まで供養とは程遠い姿を見せていたんだなと思い、少し申し訳なくなりました。

忘れたとしても記憶となって残る。
暇つぶしにアルバムを開けば、片隅にふと見つけることだってあるでしょう。
これからは自分の好きなドラムを自分なりに続けたり、別の趣味を見つけてみようと思います。
それともう一つ。
思い出したいときには、思い出しながらその人のために叩いてみようと思います。
カッコいいと唯一褒めてくれたドラムを。

彼岸花を見て思い出したことでした。

怒りすぎて無になった。

9月11日、彼氏と別れた。
理由:私のしたことが浮気に値するものだった(彼曰く)。

お前意味わかんねぇ。
それが最初の感想だった。
私は男友達と(私の足の怪我のリハビリのために)少し大きめの海辺の公園まで出かけた。
もちろん男友達だからやましいこともない。手も繋いでいない。
けれどそれが彼の浮気の基準にひっかかった。
電話越しに浮気者と糾弾された。

別に浮気者と言われても傷ついたりはしない。しかし許せないことがあった。私の大切な男友達を貶した。
大切な人を貶されて怒らない人がこの世にいたとしたら、それは尊敬する。

彼と電話したその日。
「俺はなんでこんなに苦しまなきゃいけないんだろう。」
「俺は辛いんだよ!」
と言う彼に、私の怒りの沸点は壊れた。無になった。
大切な男友達貶しといて何言ってくれてんだよ。
元々人間嫌いで人と関わることが苦手だったから、人には関心がなかった。それゆえに彼氏ごときに怒ることもなかった。(親友とか家族は別)
ただ自分で考えることもせず、感情むき出しで5ヶ月間も接せられたら……。かわいこぶっていた自分が牙をむいてしまった。

「お前さぁ、自分で考えてんの?」
「辛いって言うたびに解決法提示してるよね?それ実行しないでまた言ってるわけ?」
「不幸?どこがよ。」
「やることやって苦しいっていうならまだわかるけど、何も行動しないで苦しいって言われても私は何もできないよ。」
「あんたのワガママにいつまでも付き合ってると思った?大間違い。人間嫌いなりに距離感とって改善点を話してたけど聞こうともしない。」
「浮気っていうなら私は浮気者で構いませんよ。弄んだというならそれもそれで構いません。関心もなにもないので。」

ここまで無になれるんだーと
逆に感心した。
浮気者と言われたことより、弄んだと言われたことより、
人間嫌いで人間に関心のない私に
たった1人できた男友達を貶したことが許せなかった。
自分の休みを潰してまで、リハビリに付き合ってくれた男友達。
歩くときは足の具合を気にしながら話しかけてくれた男友達。

じゃあお前は何してくれた?と彼氏に問いたくなった。
問うたところでロクな答えが返ってこないのはわかっている。

こんなに無になったのも、自分以外のことで泣いたのも、初めてだった。
教訓。彼氏は親友から進めていったほうがいい。