天井席が落ち着くんです。

ジャニーズなり何なり。妄想話も。

卑屈で卑怯な心をもって。

これは、私がとあるひとりのA.B.C-Zファンの方を苦手になってしまったお話。

これ以上ためたら、A.B.C-Z自体が嫌いになる気がしたので書かせてください。

 

 

あるところに、とても熱量のあるA.B.C-Zの1人のファンがいました。

 

その人は、A.B.C-Zオリコン1位になる!絶対ならなくちゃ!ならせる!というような勢いを常に持っていました。

 

作品は複数買い、さらにオリコンのためならばと追加で必要性のない(配らないし見ない)数も買っていました。

 

私はそんな熱量についていけなくなりました。

ツイッターを開かなくなりました。

 

 

舞台のカーテンコールで大きな声をあげてお祝いしたと自信満々に言う姿には、ゾッとしました。

こっちを向いてくれた、その言葉から場面を想像して携帯を暗くしました。

 

自虐風自慢というのでしょうか。

それが多かったことも、印象に残っています。

自分の社会的立場や、はたからしたら自慢にしか聞こえないような理由で現場に行けないことを悔やんでいました。

羨ましくて仕方なかったです。

私には一生なれない立場であり、一生言えないせりふなのだから。

 

その人は、いつでも現場に行き、行けなければ家の中の5色のものやグッズを自慢し、そうしているうちに世間一般的な幸せをつかみました。

 

そこからがもう、自虐風自慢の嵐でした。

自虐がなくてただの自慢のときもありました。

テレビで著名人や有名な場所が紹介されれば、自分もここで何をした、先輩後輩、そんな自慢を。

 

満ち足りているのにどうしてそういうことをするの?言うの?

そんな出来事が増え、私はその人と関わることをやめました。

 

 

なぜなら、

不幸になれと願ってしまったからです。

私が一生手に入れられない幸せと経験があって、お金も潤沢。

こんな幸せなら壊れてしまえばいいのに。

 

卑屈で卑怯な心は、離れても離れても願いました。

 

その人と関連づけるのはどうかと思うけれど、その人がおすすめしていた物事や好きな物事が嫌いになって、A.B.C-Zも今は傾いた気持ちで見つめています。

 

大好きな人とだけ、たくさんたくさん仲良くしておくべきでした。

合わないと思ったらすぐ離れるべきでした。

 

そんなこんなで、もうすぐ誕生日の私はA.B.C-Zから距離をとっています。